#左利きの日

8月13日ー。

 

 

世界ではこの日を「左利きの日」と制定されているそうです。

 

私にとって「左利きの日」はいつだって特別。

 

 

 

 

何を隠そう、私にとって「左利き」はこれまでの人生の中で多くの成功をもたらしてくれました。

 

 

 

学生時代、サッカーをしていた私の利き足は「左」。

 

利き足は左、利き手は右。

 

野球でいう、「右投げ左打ち」みたいな。

 

イチロー、オオタニサンがそうです。

 

 

 

私の場合は利き足も利き手も生まれつき。

 

サッカーでの「左利き」はどんな時も重要で、チームに違いをもたらす存在。

 

サッカー競技人口の中で利き足が「左利き」なのは1割と言われているほど貴重です。

 

 

 

メッシ、マラドーナ、本田圭佑、中村俊輔。

 

天才と言われる選手が左利きには多くいます。

 

私も左利きとしてチームに違いをもたらす、そして「左利きしかできないこと」を探して取り組んでいたことを覚えています。

 

 

 

こんなことを言うと怒られそうですが、私は「左利き」という特徴、武器を伸ばすことだけに注力していました。

 

自分の苦手なことを減らすのではなく、自分にしか出来ないことを増やす。

 

そんなことばかり考えていた記憶があります。

 

 

 

 

私がここまでサッカーを続けられたのも、はっきり言って左利きのおかげ。

 

みんなと違うことができる使命感みたいなものを感じて、それが私のモチベーションでした。

 

 

 

正直言って勝利への貪欲さとか、向かってくる相手に負けない気持ちは、他の選手よりは遥かに劣っていたと感じながらプレーしていました。

 

試合になればみんなの気持ちと同じようにチームとして勝つ気持ちを作れるけど、それは決して自分の想いが全てではなかったように思います。

 

過去の試合を振り返っても、もう一度その試合をやり直したい、あそこでこれができれば絶対勝てたなんてことはそんなに思いません。

 

私はどちらかというと結果を受け止めて前に突き進む、過去を振り返らないタイプですが、過去になった事まで悔しく思うことはあまりありません。

 

 

 

メンタル的な部分とライバルとの競争にフォーカスして考えてみると、間違いなく私はスポーツには向いていないと今では思います(笑)

 

競争や戦いに負けることはいつでも悔しいけど、自分たちよりも相手の方が上だった、そういう運命だったという思考に辿り着いてしまいます。

 

スポーツ経験者なら、おかしいと思うでしょう。だから私はスポーツに向いていないんです(笑)

 

 

 

当然ながら学生時代はこんなことを思いもしませんでしたが、社会人になって自分を客観的に見たときに、控えめに言ってもよくスポーツしていたなと思います。

 

それでも、人との競争を楽しむことも、自分に打ち勝つことも、サッカーから学んだ。

 

 

 

 

今はどちらかというと他人の真似をするのではなく、新しいことに挑戦したいという気持ちの方が強いです。

 

何かを成し遂げたいという時、私は他の人との違いを生み出すことに注力すると思う。

 

これは間違いなくサッカーでの教訓で、自分が違いを生み出す存在だという意識がまだ残っている気がします。

 

 

 

 

でもやっぱり、これだけは自信を持って言える。

 

 

大学までスポーツを続けられたのも、間違いなく「左利き」のおかげ。

 

 

こんな特徴がなかったら、おそらく他人との競争に負けていたでしょう。

 

「左利き」が私の人生を大きく左右したといったらだいぶ大袈裟ですが、私はそう思っています。

 

本当に左利きでよかった。これも運命だったのかな。

 

これからは生まれ持った才能に頼らず、自分の力で様々なことを成し遂げられるように頑張ります。

 

「左利き」バンザイ!!!

 

 

 

という、左利きの日に思ったことでした。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

YOSHITAKA

平日は会社員として働く傍ら、週末は写真撮影や映像制作と、趣味に没頭する週末クリエイター。ここでは主に私の好きなことについて発信していきます。サッカー、写真、映像、役に立つ情報をシェアします。